お喋りなナナ 生活や芸能

日常のいろいろな出来事についておしゃべりします。インテリアから芸能界までー。気軽にお立ち寄りくださいませ。

足抜けできないジャニーズ

1. ジャニーズ事務所

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ジャニー喜多川、1931年生まれ、とその妹のメリー喜多川とで運営される芸能事務所。
時代のニーズに応えながら少年グループを様々な形で世に送り出した。全てはジャニーの時代を読む力、彼のタレントによるところが大きい。

しかしこうして見てみると、ジャニーも85歳である。体力の衰えは勿論、判断力、分析力も既に終焉に差し掛かっている。寄る年波は否めない …… というところか。


2. 足抜けできないジャニーズ

ジャニーは、少年達のタレントを見抜き育てるとともに、芸能事務所はかくあるべき、という形も築いて行ったといえる。
デビューし、人気が出、キャラクターや実力が確立して来ると、次は事務所を飛び出して独立してやっていこう、という欲が出て来る。これは主に、収入を増やしたいという欲から自然発生するものだ。

事務所から独立する。

皆様ご存知のように、独立組にはメディアの仕事が来なくなる。TVやラジオの製作者は、ジャニーズ事務所の権力を怖れ、現在ジャニーズ事務所に所属するタレント達が出演辞退させられることを怖れ、独立したタレントを起用しない。

こういう訳で、独立組はあっという間に世間に存在をさらせなくなる。何かの拍子に行った発言は、とんでもないくらいに大きくなって世間の悪評を買うようになる。

ジャニーズ事務所からの足抜けは、こうした見せしめ制度によって、固く禁じられているのである。



3.被害者

ジャニーズ事務所のやり方はまさに抹消行為といえるから、ジャニーズによって抹消された彼らを敢えて被害者と呼ぼう。


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田原俊彦は、日本で初めてのケーキが大好きな男の子アイドルだった。甘い顔、舌足らずの声で、
「アハハハ!」笑いながら、ケーキが大好きだと公言する。硬派でもなく軟派でもなく、魅力的な甘派であった。

その俊ちゃんがジャニーズ事務所から独立した。程なくお子様も誕生した。田原はきっと
『ヤバ〜イ』雰囲気を掴み取っていたのであろう。お子様誕生の記者会見の席で、
「僕はビッグだからネ!( だからこんなに大騒ぎになるんだよ。) 」と発言した。
そうしてその発言により極端に足元をすくわれることとなり、消えて行くのである。

ジャニーズ事務所から脱退すると、お祝い事すらこんな結末になる。驚愕するばかりだ。


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ローラースケートを履いて滑っていた諸星くんも、独立後、パタッと仕事が無くなった。
彼はある日、丈がばかに長いコートを着て画面に登場し、…… 確かその日はコートを着るような季節じゃなかったんじゃないかな …… それ以降また目にしなくなってしまった。

余りにも瞬殺過ぎて、これは私の中で、もはや都市伝説化している。


4. 色物の世界

私は始め、
『芸能界なんて、所詮色物の世界なんだからこんなものかな。』位にしか感じていなかった。けれども、小学生の頃からレッスンに励み続けたにも関わらず、手の平を返したような対応を受け、まだ若い身で行く手を閉ざされて行く彼らを見ている内に、

基本的人権は?
職業選択の自由は?
公正取引法にはひっかからない?

と、何だか人としての権利を侵されているように感じるようになった。

プロ野球選手だって、一定の年月が経てばフリーの身となり、大リーグに挑戦したりできるはずなのに、である。



5. SMAP

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SMAPの解散は、劇的かつ画期的な出来事であった。

ジャニーズ事務所に残ったキムタクが総スカンを食うことになったからだ。いくら事務所が仕事を持って来ても、ファン達がキムタクを拒否、抹消しているのだ。
これは!今までとは逆じゃないか!

そんな中で、香取、草彅、稲垣は「新しい道」という独立の始まりを宣言した。元マネジャーの飯島三智さんが取り締まりなのか、総指揮をするようだ。飯島さんは今年59歳。敏腕であるし、少なくともジャニーよりは、「新しい道」を創造する体力がある。

経年に耐え得る器用さを持つ中居くんが、ジャニーズ事務所に残留するのも良いと思う。彼には是非ジャニーズ事務所の改革を行って欲しい。香取・草彅・稲垣の三人を守るために!なんて、ケチなことばかり言わずに ー。内側からジャニーズ事務所に切り込んで行って欲しい。

ジャニーズ事務所 始め各芸能事務所は、今や転機に立たされているのではないだろうか。
事務所から独立したいと言う者に対して、制裁めいたものを与えるのは、正しいやり方とは言い難い。一定のルール作りをもって、人道的に対応するべきと考える。