1. カバー曲
1982年11月21日、
日本武道館において開催された第9回コンサート「HIDEKI RECITAL - 秋ドラマチック」にて
秀樹は何曲かのカバー曲を歌っている。
その中の1曲が中島みゆき作詞・作曲の『時代』であった。
秀樹、27歳である。
遡ること1年前、
秀樹は1972年のデビュー以来所属していた「芸映プロダクション」を円満退社して独立。
『アースコーポレーション』を設立した。
そうして独立後一発目に、
あの「ギャランドゥ」を大ヒットさせている。
ここからも独立後の秀樹を支えようとする
周囲の熱気は十分に感じ取れよう。
2. 『時代』
さて、そんなこんななんやかんや(← 早口言葉でお使いくださいませ〜)あった後の
コンサートで歌った『時代』だ。ワクワク……
いきなり絶唱来ますよ〜 ← (//_//) みゆきさん、この歌秀樹の為に作ったの?
「今は・こーんーなーに悲ーしくーてー
なみーだーも・かれ果ーてーてー
もうー二度ーと笑顔にはー なれそうもーないーけどーーーー(ビブラート健在)
グッと声を静めて、
「そんなー時代もーあーったねとー
いつかー話せるー日がーくるわー」
止めてよ 秀樹
髪を切りギャランドゥ発売の後で、それは反則 …… 泣けちゃうじゃない。
みんな想い出を持っている。
そうして想い出になれば笑い話にもなるさ。
哀切を隠し持って迫ってくる秀樹歌唱は、
全ての人に各々のアルバムをめくらせる。
「だから・今日は・くよくよしないでー
今日の・風ーに吹かーれーましょうー」← (//_//) 今は辛いんだよね。
澄んだハスキーで
小さく声を張って歌う秀樹。
心が入っている分非常に美しい。← きょうもうまいよ〜♩
3. グッ ← (//_//) えっ⁉︎
この後サビを歌ってから秀樹は、
涙が溢れて歌を歌えなくなる …………… (T_T) ←ファン1/1億人
思い起こせば
秀樹が歌に詰まったことは記憶にない。
賞を取った時も、
賞を取ったからこそ、
喜びを分かち合うように全力で歌いまくった。
詰まった部分を説明しよう (//_//)b ← 見た目は大人、頭脳は猿くん🐵キキッ!
「旅をー続けるー人ー々はー
いつかー故郷にー出会うー日をー」
⤴︎ 大丈夫
「たとえー今夜ーは・倒ーれてもー」
⤴︎ >_< もうここで危ないー。頑張れー
⤵︎ 秀樹、この部分で言葉に詰まるのである。もう歌えない。
「きっと・信じてードアを出る
たとえー今日はー果てーしもなくー
冷たい・雨がー降ーっていてもー」
4. 秀樹30代
事務所からの独立は、
秀樹が30代に入る目前に行われた。
それは秀樹に
アイドルからの卒業を自覚させたに違いない。
君が・望むなら (ヒデキー!)
「そんな時代もあーったねと
独り立ちし、
「きっと・信じてードアーを出るー
たとえー今日ーはー果てーしもなくー
冷たい・雨がー降ーっていてもー」
独立後も多くの人々に支えられ、
ヘアスタイルも一新し
『ギャランドゥ』をヒットさせ
感謝の念を禁じ得ない秀樹ー。
一方で、
新しい秀樹を探す道は
アイドルからの決別は、
寂しさと試練とを伴い、
自ら歌う歌詞によって秀樹の声を詰まらせたに違いない。
勿論秀樹のことだから、
この後はきちんと立ち直り見事に歌い切るのである。
が、
「めぐるーめぐるーよー 時代はーめぐるー
別れーと出会いをくり返ーしー
今日はー倒れーたー旅ー人たちも・」
「生まれ変ーってー歩き出ーすよぅぅ」
の「よぅぅ」に込められた秀樹の人生の嗚咽を聴き逃すな。← (//_//) ぞんざいな口をききまして申し訳ありません。
注 1: この後秀樹は「抱きしめてジルバ」のヒットをかっ飛ばし、
『H45』(← 勿論45歳の時。私も出すかも。← 嘘。) という題名の
ほとんど裸体の写真集を出している。
いつまでも、秀樹は秀樹なので安心しよう。
それでは、
思わず感慨に浸る秀樹もグッと来るぜ。
行ってみよう。『時代』by 西城秀樹
時代 西城秀樹
どうでもいい注2 : この頃私がYouTubeで秀樹を聴いていると父が不機嫌になるので、聴き辛くってしょうがありません。← (//_//) ホントにどうでもいいわ。
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